物語
信州に生まれ育った中山晋平(中村橋之助)は、少年時代に見た旅楽団のジンタに魅せられ、音楽の道に進むことを夢見る。18 歳の時に、早稲田大学教授・島村抱月(緒形直人)の書生になる機会を得て、上京。書生の仕事をしながら苦学を重ね、3年後、難関「東京音楽学校」に入学する。
借金を重ねながらも卒業した晋平は、抱月の劇団「芸術座」の劇中歌『カチューシャの唄』を作曲することに。看板女優・松井須磨子(吉本実憂)が歌った曲は演劇と共に大ヒットし、女手ひとつで育ててくれた母ぞう(土屋貴子)を安心させることができた。
しかし、母が突然、病で倒れてしまう。故郷へ急ぐが、死に目に会えなかった。悲しみに暮れる中、母への思いを込め、二曲目の劇中歌『ゴンドラの唄』を生み出す……。
『ゴンドラの唄』、『シャボン玉』、『東京音頭』など今なお歌い継がれる名曲がどう世に送り出されたか。その経緯が奇を衒うことなく映像化されている。タイトルロールを担った中村橋之助の特筆すべき楷書の演技は見応え充分。本寸法の正統派伝記映画である。
そして主演の中村橋之助さんの真っ直ぐな瞳に引き込まれ、僕はいつの間にかスクリーンに没入していた。 神山征二郎監督の語り口が見事で、熟練職人の美しい所作を見ているようで、心から感動いたしました。
受けて立つ、という言葉があるが、一流の芸術家同士のコラボレーションはまさにそれと言っていい。作曲も作詞も単独で100点を追求するのではなく、作曲には作詞を生かす隙間を残しておき、作詞にも作曲を生かす隙間を残しておく。つまり、共にその隙間を生かしたときに歌が100点になるようにする。これが名人芸というもの。中山晋平、西條八十、野口雨情の天才トライアングルにはお互いにしのぎを削るすごさがある。この映画は芸術のそんな原点を教えてくれる素晴らしさがある。